研究ポリシー

現在の研究 (外部発表したものに限定)

東大生研の社会連携研究部門 (着霜制御サイエンス社会連携研究部門) で氷の研究をしています。


単結晶表面に成長させたアルミナ表面に氷を成長させ,昇温脱離分光 (thermal desorption spectroscopy, TDS) で氷の構造と脱離キネティクスを調べました。 "complete analysis"とよばれる最も完全な解析法を氷にはじめて適用するために,独自の装置と解析方法を提案し,「真空中の水の排気遅れ」という問題を解消しました。 そのおかげで,脱離の活性化エネルギーとエントロピーを被覆率の関数として求めることが可能になりました。 二層目と一層目の脱離を比較し,アルミナ基板の影響をうけて,一層目の氷の構造が乱れていること,その配置エントロピーの効果によって,脱離が抑制されていることを示しました。 これまでの解析方法では,前指数因子 (エントロピー) は被覆率に依存しない仮定をした考察が一般的であったが,水のように構造が「柔軟」なシステムにおいては,その仮定は成り立たず,エントロピー効果も脱離の動力学に重大な影響を与えうることを示唆します。

H. Koshida*, M. Wilde, and K. Fukutani, Coverage-Dependent Desorption Kinetics of Water on a Well-Ordered Alumina Thin Film Surface, J. Chem. Phys. 160, 034703 (2024). Link to the paper

過去の研究 (芽が出なかったものを含む)

NOはフロンティア軌道 (SOMO) に一つの不対電子をもつ常磁性分子であり,基底状態が二重項であるとても珍しい二原子分子です。金属表面への吸着は,NOx還元触媒反応との関連から,さかんに研究されていますが,我々は分子の不対電子 (SOMO) と金属表面との相互作用を研究するための,もっとも単純なプロトタイプとして,このシステムを調べました。

この研究の先駆者である,塩足様が中心となって書いたレビュー記事: A. Shiotari, H. Koshida, and H. Okuyama*, Adsorption and Valence Electronic States of Nitric Oxide on Metal Surfaces, Surf. Sci. Rep. 76, 100500 (2021). Link to the paper


Au(110)-(1x2)表面ではNOはその不対電子 (常磁性) を保持し,極低温では伝導電子と近藤一重項を形成すること, トンネル分光の共鳴ピークとNOの分子振動とがカップリングすることを示しました。またSTMマニピュレーションによって作製した準安定NOのSTSは,Efにディップ状の構造を示し,二重縮退したSOMO軌道の自由度に起因することを示しました (南谷 英美 教授との共同研究)。

H. Koshida, H. Okuyama*, S. Hatta, T. Aruga, and E. Minamitani, Effect of Local Geometry on Magnetic Property of Nitric Oxide on Au(110)−(1×2), Phys. Rev. B Condens. Matter 103, 155412 (2021). Link to the paper


80-100 KのCu(111)表面で,NOは三量体を自然発生的に形成することを,同位体ラベルした高分解能電子エネルギー損失分光 (EELS) を用いた振動分光法で明らかにしました。STMによる観測結果 と合わせて,非常にユニークな三量体の形成を,実験で明確にしました。 のちに行われたDFT計算 によっても,三量体の形成が支持され,表面電子系とSOMO,SOMO-SOMOの絶妙な混成とvdW相互作用,表面の構造,対称性が影響し,(NO)3が最安定になることが示されています。

H. Koshida, H. Okuyama*, S. Hatta, and T. Aruga, Vibrational Spectroscopic Evidence for (NO)3 Formation on Cu(111), J. Chem. Phys. 145, 054705 (2016). Link to the paper


さらに,(NO)3吸着Cu(111)表面に水を共吸着させると,(NO)3がこわれ,水とNOの複合体が形成されることをSTM, EELS,nc-AFMで示しました (東大新領域 杉本研究室との共同研究)。 気相では二つの分子はほぼ相互作用しませんが,表面に吸着し,水とNOとが静電相互作用することで,SOMOへの電子移動が促進した結果,安定なクラスタが形成されることを示しました。 NOの反結合性軌道であるSOMOへの電子移動は,N-Oの振動エネルギー,すなわち結合エネルギーを低下させることも,振動分光 (EELS) により明らかとなりました。 こうした水の効果は,NOの還元といった不均一系触媒反応において重要になりうると考えています。

H. Koshida, S. Hatta, H. Okuyama*, A. Shiotari, Y. Sugimoto, and T. Aruga, Water–NO Complex Formation and Chain Growth on Cu(111), J. Phys. Chem. C 122, 8894 (2018). Link to the paper


π共役系分子のエネルギーレベルは、電子的性質を左右するため本質的です。 我々は銅フタロシアニン (CuPc) をAu(110)-(1x2)表面に蒸着し、そのフロンティア軌道レベルを走査トンネル分光で調べました。 その結果、分子の真下にある金原子の数 (2-6) が変わるだけで、伝導に寄与するLUMOのエネルギーレベルが系統的に、最大で200 meV程度シフトすることを明らかにしました。

H. Koshida, H. Okuyama*, S. Hatta, T. Aruga, Y. Hamamoto, I. Hamada, and Y. Morikawa, Identifying Atomic-Level Correlation between Geometric and Electronic Structure at a Metal–Organic Interface, J. Phys. Chem. C 124, 17696 (2020). Link to the paper


また、吸着に伴うさまざまな表面の再構成を可視化しました。有機分子が室温で吸着すると、金などの基板の表面構造は、全く"inert"ではありません。

H. Koshida, Y. Takahashi, H. Okuyama*, S. Hatta, and T. Aruga, CuPc Adsorption on Au (110)-(1×2): From a Monomer to a Periodic Chain, e-Journal of Surface Science and Nanotechnology 20, 25 (2022). Link to the paper


単一分子観測として,探針先端の局在プラズモンをつかった局所ラマン分光が実現しつつあります。超高真空下・単一分子のラマン散乱をとるために,STMと共焦点顕微鏡を組み合わせましたが,探針の光応答が不安定で再現性が得られない,かつ探針の表面増強ラマンが取れてしまう,という問題を克服することができませんでした。

また超短パルスレーザで分子を迎撃的に励起するインパルシブラマン散乱も試みました。 パルスのディレイを変えることで,ある分子の運動頻度が周期的に変調することを確認しました。 周期に比してパルス幅が広く (200 fs),残念ながら,その起源を明らかにすることができませんでした。